2021年03月29日

新しい生活様式

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大阪のホテルで朝食会場に行ったら、入口でプラスチックの透明な手袋を渡された。ビュッフェ台にあるトングの数が限られていて、たくさんの人が同じトングを使うから、感染症対策として手袋をはめてくれということだろう。何か説明されたような気もするが、はっきり覚えていない。とにかくこれは「新しい生活様式」の一つである。

ギャラリストには作品を扱うときに白い手袋をはめる人がいるが、私は基本的に手袋を使わない。2、3回やってみて、手袋をはめても作品の保護にはならないと実感したからだ。爪を切っているし、指輪はしていないし、作品の保護が目的であれば、きれいな手で直に触った方がむしろ良いのではないかと思っている。手袋をはめると、指の感覚が鈍るし、手袋の汚れが作品に付いてしまうデメリットもある。私が手袋をはめるのは、カッコつけたいときだけである。

そんな手袋嫌い(?)な私だから思うのかもしれないが、ビュッフェでの手袋にも問題はありそうだ。テーブルからビュッフェ台に向かうたびに手袋をはめるとすると、そのたびに素手で手袋の表に触れることになる。まさか医療関係者のように裏表ひっくり返して手袋を脱いだりはしないだろう。着脱の回数が多ければ多いほどリスクは増していく。

と思っていたら、驚きの光景が目に入ってきた。向かい側(といっても数メートル離れている)に座った年配の男性がプラスチックの手袋をはめたまま食事をしていたのだ。手袋を着脱すると感染のリスクが増すと考えていたのか、ただの面倒くさがりなのか、知るよしもないが、それはSF映画の一場面のようであった。パンをつかんで口に運んだ、その手袋が口に触れているようにも見えたので、その人自身は潔癖症ではなかっただろうが、これもまた「新しい生活様式」なのかと、妙に感銘を受けた。
posted by Junichi Chiba at 22:10| 日記

2021年01月25日

石岡瑛子と「落下の王国」

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東京都現代美術館(東京・江東)で開かれている展覧会「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」を見た。2012年に亡くなったデザイナー、石岡瑛子の回顧展である。資生堂やパルコの広告、オリンピックやオペラの衣装デザインなどいろいろある中で、私が一番面白いと感じたのは、石岡が衣装を手掛けた映画「落下の王国」(2006年公開、ターセム・シン監督)であった。

撮影中に負傷して半身不随となったスタントマンの青年が、病院で出会った少女に作り話を聞かせると、その少女が頭の中でどんどんイメージを膨らませていくというファンタジーだ。石岡がデザインした衣装を含めビジュアルがとても魅力的なのだが、映画の設定自体も興味深い。まったくの虚構であるにもかかわらず、少女は青年の語りに感化され、物語の中に入り込んでしまうのだ。

展示室の壁に映された映像を見ながら思い浮かべたのは、感情に影響されるあまり、現実と虚構の区別を失う現代人の姿や、そうした人たちが生み出す現実の事件のことであった。たとえば、ロシアが流したフェイクニュースをウクライナ南部(クリミア)の住民が自らSNSで拡散し、ロシアのクリミア併合を手助けした、といった出来事である。ふだん、デザイナーの展覧会で国際問題や社会問題など考えることはないのだが、この作品は映画ということもあって、思考を刺激する要素が豊富にあった。

作品中、青年が語るのは、6人の勇士が登場する「愛と復讐の物語」だ。展示解説によると、その青年が変身する黒い盗賊にはスペインの闘牛士や日本の侍などのイメージが継ぎ合わせられている。つまり石岡がデザインした衣装は異国趣味にあふれていて、こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、どこかの国や組織が兵士の勧誘に使えそうな引力を備えている。何がこの引力を生み出したのだろうか――。そんなことを思いながら見ていると、アートとプロパガンダみたいなテーマも頭をよぎってくる。
タグ:落下の王国
posted by Junichi Chiba at 18:54| アート

2020年12月27日

朝比奈隆と林元植

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20年近く前、大阪のザ・シンフォニーホールの楽屋で、韓国を代表する指揮者、林元植(1919〜2002年)を取材する機会があった。2001年12月に亡くなった指揮者、朝比奈隆の「お別れの会」が開かれたときだから、2002年2月7日のことだ。朝比奈が音楽総監督を務めた大フィルが舞台に上がり、林元植は岩城宏之、外山雄三、若杉弘らと順番に献奏を指揮した(舞台には朝比奈の遺影が掲げられ、献花台が置かれていた)。

林は朝比奈の唯一の弟子であり、第二次世界大戦末期から終戦後にかけて、ハルビン(満洲)で指揮の教えを受けた人物である。献奏の指揮の後、楽屋に戻った林は「たのんまっせ」と、日本語で話し始めた。韓国でも日本の新聞を読み、日本の事情をよく知っていたらしく、日本経済新聞1部の料金も知っていた。

北朝鮮の出身で4歳のときにハルビンに移住したこと、貧しい青年だったが音楽が好きで音楽家になりたかったこと、終戦後のロシア兵の悪行、クラシック音楽界の裏話……。話題は多岐にわたったが、印象深かったのは「心の底から湧いてくる気持ちを楽員に伝えるのが指揮者の役目である」という話だ。どこかの物置で指揮の手ほどきを受けながら、あるいは安酒を朝比奈に注いで音楽の話をしながら、それを学んだというのである。

林がロリン・マゼール(米国の指揮者)から聞いたという話も興味深かった。「若い指揮者はストラビンスキーなどの難しい曲でも棒の振り方を間違えないが、感情がない。まじめにやってはいるが、素質はない」。結局、林はあちらから、こちらからと表現を変えて、同じことを言っていたのだと思う。オーケストラを統率するには音楽の知識や技術だけでは不十分であるということ、それができた朝比奈は偉大だったということだ。

では、音楽の知識や技術以外に何が必要なのだろうか。いま、あえてそれを推測するなら、楽員を動かす人間力なのではないか。自治体や財界を巻き込む政治力も含まれるかもしれない。音楽自体は音の振動によって成り立つわけだから、物理の法則に則っているのだとしても、その音の振動を生み出すにはさまざまな力が必要なのだろう。

朝比奈がロシア人主体のハルビン交響楽団を指揮していたのは1944年から45年にかけてである。日本の敗戦後、ソ連軍が進駐する中、林は朝比奈と家族を1週間ほど自宅にかくまった後、「ある中国人の家を借りて、先生をそこに引っ越させた」。林の機転がなければ、朝比奈は日本に戻れず、70歳を過ぎて佳境を迎えた指揮者人生はなかったはずだ。やはり予測できない力が音楽を生み出しているのである。

林はその日演奏したバッハ「G線上のアリア」のビブラートのかけ方に朝比奈の影響があると、うれしそうに語っていたが、その年の夏、サッカーのワールドカップ日韓大会の後に帰らぬ人となった。
posted by Junichi Chiba at 19:50| 日記

2020年10月28日

負けを認めたニクソン

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映画「スター・ウォーズ」に出てくる銀河帝国のパルパティーン皇帝は、カエサルやヒトラーをモデルにしているはずだが、米国人はパルパティーンに「法と秩序の権化」といわれたニクソン(米国第37代大統領)のイメージをかぶせているらしい。現在のトランプ大統領は今年、黒人男性の死亡事件で抗議デモが広がったとき、「私は法と秩序を尊重する大統領だ」と宣言し、そのニクソンにあやかろうとした。

一方、銀河帝国と戦うレジスタンスの戦士、ルーク・スカイウォーカーには、ジョン・F・ケネディ(第35代大統領)のイメージがあるらしい。若くて、さわやかで、「忍耐強く平和の道を探ろう」(1961年の演説)と呼びかけたケネディのふるまいが、中央集権的、強権的なものに抵抗するルークのキャラクターと重なったのだろう。

もちろん政治家というのは映画のキャラクターほど単純でもなければ、わかりやすいものでもない。ケネディの父ジョセフはなかなかの悪人(密造酒の生産者)で、マフィアとの関係が深く、ケネディとニクソンが争った1960年の大統領選では、マフィアを介して大規模な不正を働いた。選挙の結果は僅差でケネディの勝利だったが、ケネディに投票した有権者は、必ずしも信念があって彼に投票した人ばかりではなかった。

「スター・ウォーズ」では、師匠のオビ=ワン・ケノービがルークに「お前の父親はフォースの暗黒面に誘惑され、アナキン・スカイウォーカーではなくなった」と説く場面があるが、ケネディの場合は初めから、自分の父親が悪人だったことを知っていたし、本人もマフィアにかかわっていた。多くの米国人はそうした事情を知らされていながら、ケネディの清新なイメージを大事にして、ケネディとルークを重ねて見ている。面白いといえば面白い話だ。

ただし私が興味を感じるのはケネディよりニクソンの方である。ニクソンは大統領選でのケネディの不正を知っていながら告発せず、負けを認めた。選挙に負けても政権を委譲しないと言うトランプ大統領とは正反対である(投開票まであと1週間!)。ニクソンは、いずれ国民は自分の政策を理解してくれると楽観していたのか、あるいはケネディの人気は長続きしないと見定めていたのか。ニクソンはウォーターゲート事件で失脚し、悪者のイメージがしみついてしまったが、大局観を持つ政治家だったのではないか、という気はする。
posted by Junichi Chiba at 00:39| 日記