2020年07月31日

アートフェアの感染対策

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3月に予定されていたアートフェア、ART in PARK HOTEL TOKYO(AiPHT)はいったん9月に延期されたが、中止が決まった。ホテル客室は「三密」が起こりやすいため仕方がない。一方、寺田倉庫(東京・天王洲)を会場とする新しいアートフェア、artTNZが開かれることになった。AiPHTの主催者は共催者の立場でartTNZに合流した。これに伴い、もともとAiPHTに参加予定だった橘画廊はartTNZに出展する。

新型コロナの影響で今年2月から、アートフェアなどイベントの延期や中止が相次ぎ、アート業界は停止状態に陥った。アートファン同士が意見を交換したり、アーティストの声に耳を傾けたりする場が失われてしまえば、アートへの関心すら消えてしまいかねない。イベントができないのは致命的だ。それだけに、感染の拡大が落ち着き、アートフェアを再開することができれば、危機的な状況から脱け出す道が見えてくる。

もちろん一足飛びに元に戻れるわけではない。通路の広い展示場はホテルの客室より「三密」になりにくいとはいえ、たくさんの人を会場に集めることには感染のリスクが伴う。映画館やコンサートホールが座席数を減らして観客同士の距離を保とうとしているように、アートフェアでも何らかの制限をもうけることはやむをえないだろう。厳しい制限を少しずつ緩和していくことが結局は日常を取り戻す近道であると納得できる。

しかしである。artTNZ主催者(一般社団法人アート東京)の打ち出した感染症対策の3つの指針を読んで驚いた。「疑わしきは入れない、 1時間100名の入場制限、完全予約制」。顔認証システムを使って入場を受け付け、予約登録者の本人確認を厳密にするという。これは予想以上に厳しい運営方針であった。アートのコレクターにはシャイな人が多いが、顔認証なんて大丈夫なのだろうか(バンクシーみたいな覆面作家は入場できるのだろうか)。

この5カ月、不確実なことにすっかり慣れてしまっているため、何がよくて、何がよくないのか、とっさに判断がつかない。artTNZは古い考えを捨て去る通過点なのかもしれないとも思うが、準備段階での心境は複雑だ。会期は2020年9月17〜21日。会場はアートの複合施設、TERRADA ART COMPLEXU の3Fと4F。橘画廊は3Fブースへの出展が予定されている。(画像は東京・天王洲、2019年9月撮影)
posted by Junichi Chiba at 18:47| アート

2020年02月24日

アートフェアの延期

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1週間前の日曜の夜、東京・汐留にあるパークホテル東京の25階エントランスに、内田涼の絵画3点を展示した。ホテル型アートフェア、ART in PARK HOTEL TOKYO (AiPHT)の予告編「AiPHT PLUS(アイファット・プラス)」への出品である。3点とはいえ展示を終えたときにはそれなりの高揚感があって、いよいよ1カ月後にはアートフェア本番だと思っていたのだが、3日後の2月19日、「フェア開催延期」の連絡が届いた。

AiPHT2020延期の理由は新型コロナウイルスの感染拡大だ。橘画廊としてこれまで30回近くアートフェアに出展してきたが、アートフェアの中止や延期に当たるのは初めてである。感染拡大が続き、ジャンルを問わずさまざまなイベントが中止されている状況では仕方がない。日本中で同じような気持ちの人たちが大勢いるのだろうなと思いながら、地下鉄の駅の近くから出展作家に延期の連絡をした。

昨年のラグビーワールドカップでは、台風の影響で1次リーグ2試合が中止になったが、イングランドのエディー・ジョーンズ監督は「ショウガナイ。台風はコントロールできない」と語っていた。20回アートフェアに出るなら、1回くらいの中止や延期はありえると考えておいた方がよいのかもしれない。今思えば、6年前、民主派デモ真最中の香港でACAS HONG KONGが中止にならなかったのはむしろ幸運だったのだろう。

AiPHT出展予定のアーティストを紹介する「AiPHT PLUS」はパークホテル東京の25階と31階で予定通り3月21日まで開かれる(会期中無休、午前11時〜午後8時)。AiPHT自体は3月下旬から9月25〜27日に延期されたが、時間ができたぶん、出展アーティストへの関心が高まってほしいと願っている。画像は内田涼の「形態aの提案(Form a)」シリーズ(2019年、アクリル、カンバス)。
posted by Junichi Chiba at 19:02| アート

2020年02月08日

科学とアート

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ギャラリー・オフグリッド(福島市)の千葉麻十佳展(2019年11月8日〜20年1月31日)最終日に、田尾陽一NPO法人ふくしま再生の会理事長と千葉麻十佳の対談があった。田尾氏は福島県飯舘村で放射線測定や農業再生などに取り組むNPOの代表であり、元物理学研究者である。対談は展覧会のテーマである「光」や千葉の作品についての話が中心だったが、私にとっては田尾氏の次の一言が印象深かった。

「原子力発電はウランの質量をエネルギーに変えている。それによってウランの質量は減る。しかし、なぜ質量が減るのかわからない」

「ウランの核分裂では、質量をエネルギーに変換するから、ウランの質量は減る」という話は何度も聞いているが、ピンときたことがない。質量がエネルギーに変わると言われても、イメージがわかなかいのだ。理屈自体もよく呑み込めず、この説に納得するかどうかは、神を信じるか信じないかの問題のように思えてしまう。そんな私から見れば、この説を完全に理解している人は別の世界の住人だ。

それだけに、物理学者が「なぜ質量が減るのかわからない」と話すのは新鮮であった。田尾氏は、質量はエネルギーと等価であるというアインシュタインの特殊相対性理論に触れていたから、なぜウランの質量が減るのか、一応の説明はできるはずだ。しかし通り一遍の説明をする代わりに、「わからない」と、おっしゃった。「わからない」とはどういう意味なのか、わからないところがまた興味深いのだ。

物理は魔術ではないかと思うような話に出会うことがときどきある。例えば最近話題の量子コンピューターに関連して、量子力学の思考実験として出てくる「シュレーディンガーの猫」の話。箱の中にいて見えない猫は生きていて、かつ死んでいる――。生きていて死んでいるというのは(スター・ウォーズの)パルパティーン皇帝みたいなもので、特殊相対性理論どころではない奇妙な説なのだが、これが成り立つらしい。

もし、こうした奇妙な説を直感的に納得させることができるとすれば、それはアートの領域だ。ただし、科学をテーマにしている限り、知識を正確に伝えることが前提であり、アートであれば不正確な表現が許されるというわけではない。対談の中で千葉は「(太陽光以外に)ガンマ線にも興味はあるが、(直感で表現して)間違えると責任重大だから軽々には扱えない」と話していた。科学者とは責任の範囲が違うとはいえ、無視できない点である。

画像は千葉麻十佳「Utopia」(2019年、LEDライト、粟、シャーレ、ポリマー)。
posted by Junichi Chiba at 20:16| アート

2019年09月18日

ノートルダム大聖堂

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シテデザールから徒歩8分。今年4月に火災に遭ったノートルダム大聖堂に立ち寄った。フェンスで覆われているため寺院への立ち入りはできないが、「被災地」といった雰囲気はあまりなく、周辺のカフェや土産物店は普通に営業している。工事という点では、今は何もできない空白の時間なのだろうか。フランス政府は5年以内に復元する方針を掲げているが、どのように復元するのかはあまり聞こえてこない。

被災した歴史的建造物の扱いにはいくつかのパターンがある。広島の原爆ドームのような凍結保存、ワールドトレードセンター(ニューヨーク)のような解体・新築、英国のコヴェントリ―大聖堂のような凍結保存と新築の組み合わせ、などだ。変わった例としては、独ドレスデンのランドマーク、フラウエン教会の再建プロセスが挙げられる。

フラウエン教会は第二次世界大戦末期、英国空軍に破壊されたが、旧東独政府は復元を認めず、長らく凍結保存されていた。「主としては費用がないため、またひとつには『資本主義の文化破壊の暴挙』の宣伝のため」(高橋哲雄「ドレスデンとコヴェントリ」大阪商業大学商業史博物館紀要第5号)だった。しかしドイツ統一後、復元へと方針が変わり、2005年に再建が完了した。この再建プロセス自体、建造物をめぐる政治と文化の関係を示している。なぜこんなことを知っているかというと、7年前、建築家の宮本佳明が「福島第一原発神社」を発表するときに、被災建造物の活用策をあれこれと調べてみたからだ。

ノートルダム大聖堂の被災は戦災ではないし、存在自体がパリの象徴であるだけに、政府がすぐさま復元の方針を打ち出したのは自然な流れだっただろう。ただし復元とは何かがあいまいである。コンペをすると言っているから、元の形にはこだわらないのだろうが、どの程度新しい要素を入れるかで、議論が紛糾するのではないか。

廃墟の隣に新しく建ったコヴェントリ―大聖堂の場合は、初めはゴシック様式をコンペの条件にしたが、後にその条件を取り消してコンペを実施し、モダンデザインの案を選ぶというドタバタがあった。ベースがゴシック建築であるノートルダム大聖堂の尖塔や屋根にモダンデザインを採用するというのは、おそらくそれ以上に難しいことだろう。いま一番興味深い建築案件である。
タグ:パリ
posted by Junichi Chiba at 21:49| アート