2021年08月31日

反乱軍と帝国の入れ替わり

新聞を読んでいたら「アップル、訴訟で開発者と和解へ」という見出しの記事が目に留まった。

「米カリフォルニア州内のアプリ開発者らが2019年に起こしていた集団訴訟で、原告側はアップルが自社製品向けのアプリ配信サービス「アップストア」上で流通するアプリの値付けを制限するのは反トラスト法(独占禁止法)に違反すると主張。同社に対しアプリの価格制限を禁じ、損害を賠償するよう求めていた」(2021年8月27日付の日本経済新聞夕刊)。アップルがこの要求を受け入れるというのが記事の趣旨だ。

スティーブ・ジョブズが健在だったころのアップルといえば、1960年代のカウンターカルチャーを体現する企業であり、東海岸の大企業への抵抗の象徴であった。映画「スター・ウォーズ」でいえば、ルーク・スカイウォーカーらがいる反乱軍の役回りである。傷つきやすいが正義感のある若者といったイメージであり、それゆえアート、音楽、映画などの業界の共感を呼んでいた。

しかしiPhoneで大成功した後のアップルはもはや、大企業に対抗する新興企業でもなければ、抵抗の象徴でもない。今回の和解の解釈はともかく、同社が反トラスト法違反で中小企業から訴えられている姿は、「スター・ウォーズ/ スカイウォーカーの夜明け」の最後の方で、皇帝の軍隊が人民の小型船から攻撃されているシーンとかぶって見えて、変に感慨深いものがある。

反乱軍が帝国に打ち勝つと、自ら帝国に変貌するというのはアート業界でも同じである。いまのメガギャラリーもかつては新興企業であった。3年前、メガギャラリーとそのほかのギャラリーの格差は広がる一方であると書いた(「ちょっとした税金」)し、コロナ禍のいまもそれは変わっていないが、帝国の支配がいつまで続くのかはだれにもわからない。既存の組織のぶ厚い壁を破って新しいギャラリーが登場する可能性は常にある。
タグ:ギャラリー
posted by Junichi Chiba at 21:11| アート

2021年01月25日

石岡瑛子と「落下の王国」

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東京都現代美術館(東京・江東)で開かれている展覧会「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」を見た。2012年に亡くなったデザイナー、石岡瑛子の回顧展である。資生堂やパルコの広告、オリンピックやオペラの衣装デザインなどいろいろある中で、私が一番面白いと感じたのは、石岡が衣装を手掛けた映画「落下の王国」(2006年公開、ターセム・シン監督)であった。

撮影中に負傷して半身不随となったスタントマンの青年が、病院で出会った少女に作り話を聞かせると、その少女が頭の中でどんどんイメージを膨らませていくというファンタジーだ。石岡がデザインした衣装を含めビジュアルがとても魅力的なのだが、映画の設定自体も興味深い。まったくの虚構であるにもかかわらず、少女は青年の語りに感化され、物語の中に入り込んでしまうのだ。

展示室の壁に映された映像を見ながら思い浮かべたのは、感情に影響されるあまり、現実と虚構の区別を失う現代人の姿や、そうした人たちが生み出す現実の事件のことであった。たとえば、ロシアが流したフェイクニュースをウクライナ南部(クリミア)の住民が自らSNSで拡散し、ロシアのクリミア併合を手助けした、といった出来事である。ふだん、デザイナーの展覧会で国際問題や社会問題など考えることはないのだが、この作品は映画ということもあって、思考を刺激する要素が豊富にあった。

作品中、青年が語るのは、6人の勇士が登場する「愛と復讐の物語」だ。展示解説によると、その青年が変身する黒い盗賊にはスペインの闘牛士や日本の侍などのイメージが継ぎ合わせられている。つまり石岡がデザインした衣装は異国趣味にあふれていて、こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、どこかの国や組織が兵士の勧誘に使えそうな引力を備えている。何がこの引力を生み出したのだろうか――。そんなことを思いながら見ていると、アートとプロパガンダみたいなテーマも頭をよぎってくる。
タグ:落下の王国
posted by Junichi Chiba at 18:54| アート

2020年10月07日

パラレルワールドではない

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artTNZに出していた内田涼の新作絵画「8未満、4つの影」(画像、2020年、アクリル、カンバス、116.7×116.7センチ)の前で、「どちらが影だかわかりませんね」という感想を何回か聞いた。画面の上半分と下半分にはそれぞれ4つの形が現れているが、どちらが実体でどちらが影なのか、手がかりがなく、謎に包まれているからだ。

実は内田は、画面の下半分で即興的に形を描いている。そしてトレーシングペーパーを使ってそれらを写し取り、画面の上半分に描き直している。描く順番からすれば、下の方が実体で上の方が影だ。ところが画面の下半分は絵の具を垂らした色むらなどで行為性を強調しているのに対し、上半分にはそれがなく、色も鮮やかなため、下が影のようにも見える。実体と影の区別がつかないのがこの作品の面白いところだろう。

私自身は影を実体のもう一つの姿と考え、それらが別々に存在するパラレルワールド的なイメージを持っていた。しかしお客さんたちが上と下は一続きだと話すのを聞いているうちに、印象が変わり始めた。一緒にいた浅野綾花が「最近、村上春樹の『1Q84』を読んだ」と言ったことも影響した。影が意思を持つといった話があったのを思い出したのだ。

『1Q84』のどこかに、影とパラレルワールドのかかわりについて何か書かれていたかもしれないと気になったため、図書館に行って調べてみた。すると、宗教団体のリーダーと呼ばれる男(作中人物)が心理学者カール・ユングの説を紹介する形で、影について語る場面が見つかった(BOOKUのp. 275、276)。その場面のせりふは以下の通りだ。

「影は、われわれ人間が前向きな存在であるのと同じくらい、よこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影はよこしまで破壊的になろうとする意思を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、影は地獄に降りて悪魔となる。なぜならばこの自然界において、人が自分自身以上のものになることは、自分自身以下のものになるのと同じくらい罪深いことであるからだ」

10年以上前に読んだ私の記憶とは若干違っていたが、影が意思を明確にするという記述はあった。この男が言う通り、影が意思を持ち、実体に影響を与えるのだとしたら、2つの世界は別々に進んでいるのではなく、つながっている。そのような世界はパラレルワールドではない。作品を前にして人と話したことをきっかけに、いろいろな目線で作品を見たりパラレルワールドについて考えたりすることができ、頭が柔らかくなった。

『1Q84』の中には、女子高生のふかえりが「マザ」(実体)であり、宗教団体にはふかえりの「ドウタ」(影)が残されているという設定もある。実体と影にそれぞれの役割があるなんて、アートや文学がなければ考えもしないことだ。ついでに、10年前に気に入っていたせりふを思い出したのも収穫だった。「すてきなギリヤークじん」
posted by Junichi Chiba at 21:11| アート

2020年09月27日

アートフェア再開

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TERRADA ART COMPLEXU(東京・天王洲)を会場として初めて開かれたアートフェア、artTNZ (9月17〜21日)は無事5日間の会期を終えた。感染症対策のための完全予約制や顔認証システムを使った入場受付など不安もなくはなかったが、会場では特に問題は起こらず、拍子抜けするほど普通にお客さまの対応ができた。

1年半ぶりにアートフェアに出て感じたのは対面でのコミュニケーションの重要性だ。初めて会った人や久しぶりに会った人とのたわいもない会話自体が楽しいし、そうした会話の時間は自身の感覚を確かめるうえで貴重な機会でもあった。自宅にこもってさまざまなウェブサイトを見ていると、「ウィズコロナ時代のアートの役割とは」みたいな記事を目にすることがある。しかしアートフェアの現場では、同業者にせよ来場者にせよ、そうした理屈っぽいことを口にする人と会うことはなく、ホッとした。

今回展示したのは、いずれも30代の芝田知佳、浅野綾花、内田涼の作品計20点。中止になったホテル型のAiPHT2020で予定していた作品をそのままスライドさせた。本当は展示場向けに構成を考え直した方がよかったのだろうが、初めて開かれるアートフェアで客層が読めないため、積極的な手を打たなかった。正直、あまり結果を期待していなかったものの、作品をお買い上げになった方全員が新規のお客さまだった。

この様子なら、展示場型であれば、感染対策をしつつアートフェアを開くことはできるだろう。課題はやはり採算である。主催者によると、artTNZの入場者数は内覧日を含む5日間で延べ2664人。1時間当たり100人に制限したため、予定通り入場者数は少なかった。感染対策のテストケースとしてならよいのだが、ビジネスとしては、入場者数がこの2倍くらいないと出展経費との見合いで採算は厳しい。

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これからリアルなアートフェアの制限が緩和されていくのか、リアルなアートフェアとオンライン販売の組み合わせに移行していくのか。イベントをまったく開催できないという危機的な状況からは抜け出し、焦点は次のステージへと移っている。

上の画像は開幕前日の橘画廊ブース(TERRADA ART COMPLEXUの3階、9月16日)、下の画像は会場入り口。
posted by Junichi Chiba at 17:36| アート