2014年03月16日

再び思い出す『ナウシカ』の蟲

Maya Sawada 2014.jpg
若手画家、澤田摩耶が橘画廊で3回目の個展を開いている(写真は展示風景、22日まで)。彼女は生き物が大好きで、3年前の初個展の目玉だった油彩画「羽化V」(181.8×454.6センチ)には、軽く100匹以上の架空の生き物が描かれていた。最初その作品を見たときに、宮崎駿『風の谷のナウシカ』の蟲(むし)たちを思い出し、『ナウシカ』に関する古い資料を読み返したのであった。

当時、画廊のウェブサイトでそのことを書いたはずだが、うっかり消してしまったらしい。しかし引用元の資料は残っているので、内容を呼び起こすのは難しくはない。まずは1985年6月7日の『朝日ジャーナル』の記事の引用である。米国の作家、E・カレンバックとの対談で宮崎が『ナウシカ』制作のきっかけについて語った部分だ。

「水俣湾が水銀で汚染されて死の海になった。つまり人間にとって死の海になって、漁をやめてしまった。その結果、数年たったら、水俣湾には日本のほかの海では見られないほど魚の群れがやってきて、岩にはカキがいっぱいついた。これは僕にとっては、背筋の寒くなるような感動だったんです。人間以外の生きものというのは、ものすごくけなげなんです。」

この文章を引用したうえで、3年前の私は宮崎と澤田の作品をつなぐキーワードとして「生き物のけなげさ」を挙げていた。『ナウシカ』の中で蟲たちがすむのは、人間が有毒物質をまき散らした後にできた「腐海」。けなげであるとかないとか思っているのは人間だけなのだが、「羽化V」の画面にも何かしら暗いものが宿っていて、生き物たちは人間の罪悪を押しつけられているような気がしてならない、というのが私の感想の主要部分であった。

いまさらこんなことを書くのはほかでもない。2年前の個展では生き物を(はっきりとは)描かなかった澤田が、なぜか今回の個展では再び生き物を描いているからである。偶然できた絵の具の染みから形を拾い、無意識の世界を開拓する方法を使ってだ。昨日、展示をご覧になった方が、イソギンチャクやウミウシなどが進化した姿に見えると言っていたことも興味深かった。いくら消しても湧き出てくるような生き物たち。写真ではわからないが、それらは油彩画の暗い部分(青い部分)にうごめいていて心に引っかかる。
posted by Junichi Chiba at 17:47| アート