
西洋では19世紀に風景画というジャンルが生まれた。フランスの画家、コローはその先駆けである。コローが木立を美しく描いたからこそ、人々は木立のある空間を美しいと認識し、そうした風景が鑑賞に値するという価値観を持った。それ以前、ありふれた森や林、農場など、だれが見ても美しいというものではなかったらしい。つまり画家が世界の新しい見方を提案したのである。では、コローかだれかが木ではなく、木と木の間を描いていたらどうなっていただろうか。
「グループ展 Sunbeams」(橘画廊、2月1日まで)で、河合美和(写真左)が出している油彩画「2014-1(JAN)」(2014年、130.3×193.9センチ)と「2014-2(JAN)」(2014年、130.3×162.1センチ)はまさに「木と木の間」を描いた作品である。六甲山を歩いていて木漏れ日が差したときに感じた「あいまいな空間」を表したいというのが制作の動機であった。
狙いはあくまでも「あいまいな空間」である。水平な地面に垂直に立つ木を何本か描くと、きっちりとした奥行きができてしまう。そうならないように、木ではなく木と木の間を描くのだ。本来、見る人間の位置を固定すれば木の向こう側は見えないはずだが、木の向こう側も透けて見えることにする。そうして「木と木の間」を重ねていく。
描いているうちに出てくるものをつなぎとめるという点では(構築的ではなく)行為的な制作方法だ。木と木の間には光を散らす。教科書通りに手前を暗く、奥を明るくすれば、逆光を浴びた神秘的な風景ができるが、きっちりとした奥行きを避けるために、それもしない。現実の空間を再現しているのではなく、絵の中にしかない空間をつくっていると言ったら、説明としてはすっきりしているだろう。
しかし河合は現実からまったく切り離された空間をつくっているわけでもない。彼女が複雑な奥行きにこだわるのは「林の中を歩いていると、近いと思っていたものが遠くにあったり、遠いと思っていたものが近くにあったりして、自分の立ち位置が揺らぐことが実際にあるから」だ。河合の絵を見ると、今度、山の中を歩くときは木と木の間に視線を向けてみようと思えてくる。この作品もまた世界の見方の提案なのである。
【アートの最新記事】