2013年02月01日

写真展の打ち合わせ(続き)

竹島善一の本業は、東京・練馬の蒲焼き店「ふな与」の店主である。30代のころは、毎週日曜の夜に店を閉めた後、夜行列車に乗って奥会津に入り、月曜の夕方まで撮影するという生活を続けていた。写真の販売で生計を立てていないという意味ではアマチュアだが、竹島ほど年季が入り魂も入っていれば、写真家と呼んでもよいだろう。

都会生まれの都会育ちで、農業に詳しいわけではなかった。ある日、畑を前にして農家の人に「なんていう葉っぱなの」と聞いたら笑われた。「葉っぱじゃねぇよ。タバコだよ」。そうして笑い合った農家の人には5年ほどの間、しばしば宿を借りた。短い時間で農村に深く入り込んだのも才能だ。

「孫子の代に、昔こういう人間がいたんだと思われれば、それで十分」。撮影に専念するため、長年、人に見せたいという欲は抑えてきた。その裏には、農村の風物や人物の写真が同時代の人に受け入れられるのかどうかわからないという思いもあったに違いない。木村伊兵衛の秋田の写真でさえ撮影当時の評価は芳しくなかったのだ。本業の制約がある中で、作品の発表に消極的だったのは当然と思われる。

しかし近年は、撮影よりも撮りためた写真を人に託す作業に重点を置いている。写真はモノクローム。すべて自分で現像し、プリントしている。良い印画紙がなくなったと嘆きながら、作業は続行中だ。今、ビックカメラ池袋本店で一番多く印画紙や薬品を購入しているのが竹島である。「年とっているんだからやめろとか、ゆっくりやれとか言われるけど、年とっているから急いでいるんだよ」と、彼は言う。

3月に展覧会を開く。数万点規模のストックの中から出品できるのは20点ほど。今、出品作を選んでいる。もしかしたら会期直前まで決まらないかもしれないが、選択でもプリントでもめざすのは本物。心はずむ話をすると、きっぷのよさが出る。「本業でも道楽でも本物を追求するよ。本物が時代に合わねぇっていうなら討ち死にしてやるよ」。
竹島善一写真展(IMAONLINE)
posted by Junichi Chiba at 22:25| 写真