2012年10月23日

モダンではもたない(福島第一原発神社)

The Fukushima No. 1 Nuclear Power Plant Shrine.JPG
今年3月、橘画廊で個展を開いた建築家、宮本佳明の作品「福島第一原発神社」(写真)が「会津・漆の芸術祭2012」(福島県教育庁、福島県立博物館など主催)に招待された。個展のときと同じ200分の1の模型が喜多方市の大和川酒蔵北方風土館に展示される(10月29日〜11月10日)。現地でどのような反響を呼ぶかわからないが、私の中で反響をしっかり受け止められるように、もう一度コンセプトを整理してみた。

「福島第一原発神社」は、事故を起こした福島第一原発の原子炉建屋にアイコンとなる和風屋根を載せ神社として祀(まつ)るプロジェクトである。宮本がテレビのニュースなどで、原子炉建屋外壁に描かれた青地に白の花吹雪のようなものを見て、何かまやかしがあるのではないかと直感したことが構想のきっかけだ。つまり、花吹雪みたいな欺瞞(ぎまん)を捨て去り、危険なものを危険であると知らせることこそ建築の大切な役割であるという問題意識から「福島第一原発神社」は出発している。

そして、このプロジェクトの目的は福島第一原発の保存方法の提案である。放射性廃棄物の処理の問題は、原発に賛成であるか反対であるかに関係しない。原発に対する考え方がどうであれ、放射性廃棄物は処理する必要がある。しかし、現状ではその処理はまず不可能。そうであれば、補修した原子炉格納容器に水を満たし、十分な低線量になる1万年後まで「水棺」状態のまま維持管理し続けるしかない、というのが宮本の考えだ。

その際のポイントは、先に述べたように「それ」が危険であると明示することである。宮本の言葉を借りれば、「一番恐ろしいのは高レベル放射性廃棄物がそこにあるのを忘れてしまうこと」だからだ。「水棺」を収めた原子炉建屋にアイコンを載せるのは、放射性廃棄物の存在を忘れないようにするためである。

では、なぜ和風屋根なのか。3月の個展のときに投げかけられた疑問で多かったのもこの点だ。実は、宮本の和風屋根の発端は、上杉藩代々の藩主を祀った上杉家廟(米沢市)からの連想である。福島第一原発と第二原発の計10基が海に向かって立ち並ぶ姿が、謙信をはじめとする12代の廟堂が横一列に並ぶ姿と重なったと、宮本は語っていた。ただ、思いつきだけで和風屋根を持ち出したわけではない。「現代建築でカッコいい屋根もありえるが、そんなもので1万年も保持することはできない」(宮本)という考えがベースにある。

高レベル放射性廃棄物の管理という生産的ではない仕事を1万年もの間、人々にさせ続けるパワー、荒魂を祀るアイコンとしてのパワー。それらを求めた結果が、大げさで様式的な和風の屋根である。定期的に葺き替えが必要な桧皮葺(ひわだぶき)にしたのには、あえて「管理」を意識させ、記憶を継承する狙いがある。今年3月22日、宗教哲学者の鎌田東二氏と宮本が橘画廊で対談したときに、鎌田氏が「モダンだけでは何万年ももたない」「機能的なものだけではおさまらない」と強調していたのが印象的であった。

宮本は「福島第一原発神社」の大屋根をどこかから借用したのではなく、1号機から4号機までそれぞれ一から設計している。仏教建築にみられる宝形屋根を1号機に採用したのは「何よりも見た目が大事」(宮本)だからだ。ボディーに対して屋根を大きくするなど異様なバランスにしているのは怖さを出すためである。この点について鎌田氏は対談で「神仏分離の方が異例であり、やるなら神仏習合にしてほしい」と話していたが、ご覧になった皆さんの感想はいかがだろう。シュールというよりも、問題と真剣に向き合うことで生まれたデザインなのである。(続く)
posted by Junichi Chiba at 22:05| アート