2012年10月16日

「こげこげだ〜」

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きょう橘画廊に来た4歳の男の子が稲田早紀の100号(130×162センチ)のアジサイの絵を見るなり、元気な声で「こげこげだ〜」と言った。その子のお母様は少し困ったような表情を浮かべていたが、この話を稲田にしたら、「うれしいかも〜」と、両手を上げて喜んでいた。

稲田は大学を出て2年目だが、学生時代、描き終わった花を焼くことがあった。本人によると、火葬のつもりであった。それがあるとき、花の絵を描いたカンバスを焼くという行為に変わった。絵を処分するときに、うまくいけば新しい表現手段を開拓できるかもしれないという期待から試したのだそうだ。最初この話を聞いたときに冗談かと思ったが、京都市立芸術大の油画専攻で同級生だった方が来られて、たしかに稲田は絵を燃やしていたと「証言」した。

カンバスを焼くと、広がった炎でぼっかり大きな穴が開いてしまい、絵画表現の手段にはならない。燃えたときのアクリル絵の具が発するにおいがきついこともあって、結局、稲田はこの方法をあきらめた。その代わりに彼女は墨で影をつけ、黒のアクリル絵の具をのせることで、燃え尽きた花の色を残している。植物の緑も黒に変換しているくらいだから、よほど黒に執着しているのだろう。

稲田は自分で絵を焼いただけではない。やはりきょう画廊に来られた女子高生は、稲田に勧められて絵を描いた紙をライターで焼いたと話していた。「真っ白な灰」であれば「あしたのジョー」からの連想で人生の完全燃焼を思うのだが、画面に残る黒い灰の色や黒い灰を残そうとする行為は一体何を意味するのだろうか。きょうの時点で確認できるのは、「こげこげだ〜」と言った男の子の直感は鋭かったということだけである。
タグ:稲田早紀
posted by Junichi Chiba at 22:51| アート