2022年08月16日

香港の無援の抒情

HongKong2014.JPG
香港の民主化デモの様子を記録した映画「時代革命」(キウィ・チョウ監督)を渋谷のユーロスペースで見た。夏休みだというのに「ジュラシック・ワールド」でも「ミニオンズ フィーバー」でもなく、こんな映画を独りで見に行った理由はほかでもない。8年前の10月、香港のアートフェア、ACAS HONG KONG 2014に参加したとき、民主派のデモにぶつかり、それ以来、香港のことが気になっているからである。

そのときのアートフェア会場は民主派の拠点である金鐘(アドミラルティ)に位置していたため、目の前の幹線道路が封鎖され、多大な迷惑をこうむった(「香港のデモ」)。デモ隊が79日間にわたって公道を占拠し、「天安門事件以来の危機」と言われた雨傘運動の初期の段階だ。ただビジネスへの影響はあったものの、暴力的な行為を目にすることはなかった。雨傘運動の名称自体、警察の催涙スプレーに傘を広げて耐える姿を表すものだった。

ところが「時代革命」がとらえた2019年のデモの様子は雨傘運動とはまったく別のものである。火炎瓶など武器の使用も辞さない「勇武派」の登場によって、警察との衝突は激しさを増し、活動の質は大きく変わった。議会庁舎に突入して壁に落書きするとか、香港理工大学を占拠するとか、8年前には考えられなかったことだ。こうした活動と比べれば、「天安門事件以来の〜」と言われた雨傘運動が牧歌的とさえ思えてくる。

2019年のデモ隊と警察の衝突はときどきテレビやYouTubeで見てはいたものの、キウィ・チョウ監督がカメラに収めたような生々しい映像を見ることはなかった。今回、ときには演出が加わっているのかと思わせるほど鮮烈な映像を見ることで、デモ隊が一線を越え、後戻りできなくなった経過がよくわかった。正直、民主派に同情を抱かせる映像ばかりではなく、こちらが受け取った印象が制作者の意図と合っているのかどうかはわからないが。

HongKong2013.JPG
そもそも火炎瓶程度の武器では勝ち目はないだろうに、高校生や大学生がなぜ警察を攻撃したのか。2020年に国家安全維持法が施行されており、すでに戦いの結果(民主派の敗北)は明らかなため、私の関心は民主派の中の勇武派の動機に向かった。その点では、映画の戦闘シーンに挟まれる若者のインタビューにヒントがあるような気がした。デモの参加者はみなマスクをしていて互いの素顔を知らないが、一緒に火炎瓶を投げているときに信頼感が生まれたり友情が芽生えたりするらしいのだ。

歴史的瞬間だと感じた、といった趣旨の発言もあった。歴史を動かすかもしれない、まさにそのときに立ち会っているという高揚感も過激な行動を後押ししたのだろう。見終わって映画館を出るときに、道浦母都子の歌を思い出した。

催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
迫りくる楯怯えつつ確かめている私の実在
(『無援の抒情』より)
posted by Junichi Chiba at 17:05| 日記