
『麗しき夫人 D・H・ロレンス短篇選』(照屋佳男訳、中央公論新社)を読んだ。英国の小説家、ロレンス(1885〜1930年)の短編小説集『馬に乗って立ち去った女 その他』から選んだ6作品の新訳である。ロレンスといえば性と恋愛の問題を扱ったことで知られる作家だが、本書収録の短編を読むと、かなり意識的に風景を扱っていることに気がつく。
たとえば「ジミーと自暴自棄な女」では、イングランド北部ヨークシャーの炭鉱(ヤマ)の風景である。「二月であった。はだれ雪が積もっていて、ぞっとするような感じを与えられた。ミルヴァリーに着いた時、あたりは暗くなっていた。これは一種脅威をいっぱい孕んだ濃密な闇、化膿して膨れあがったような闇に包まれた村であった」。高級雑誌の編集発行人、ジミーが雑誌に詩を投稿してきた既婚女性を訪ねていった先は、こんなふうに「寒くて暗いジャングル」にも似た場所として描かれる。
その村の一軒家で、夜の10時ころ、重い靴を履いて顔を黒くした炭鉱夫が帰宅する。ジミーと同じ35歳くらいの炭鉱夫はジミーがいるのも気にせず、裸で暖炉の前にしゃがみ、妻は両膝を大きく広げて夫の背中を洗い始める。炭鉱夫の頬は赤く火照り、裸の上半身は暖炉の光に映えているというからバロック絵画のようなイメージなのだが、そうした人物主体の描写と描写の間に、霧雨の中に黒く浮き出るレンガ造りの家などが印象深く刻み込まれる。
太陽と交流する女性が主人公の「太陽」であれば、大地の裂け目のレモン林と貯水池の風景であり、戦死した男の亡霊が出てくる「国境沿いの地域」では、「錆のような血の色」の大聖堂が夜の闇にそびえる風景である。こうした現実とも心象ともつかない風景はエピソードのつなぎにとどまらず、それらを頭の中で思い描く楽しみをもたらしてくれる。映像でも見たいと思わせる「短篇選」だ。
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