
千葉麻十佳が栃木県立美術館の企画展「ウェザーリポート」(8月26日まで)に参加している。山本和弘同館シニア・キュレーター渾身の企画で、出展作家はヨーゼフ・ボイス、ロバート・スミッソンらスーパースター級を中心に32人。その中で千葉は映像インスタレーションの「Melting Stone」(2017年、4分1秒)を含め3点を出品している。
企画展のサブタイトルは「風景からアースワーク、そしてネオ・コスモグラフィア」。キーワードのネオ・コスモグラフィアは山本学芸員の造語だ。コスモグラフィア(Cosmographia)という聞き慣れない横文字の頭にネオ(新しい)という言葉がついていて、なんとなく現代的で国際的なニュアンスがあるから、広告代理店的なキャッチコピーだと思われかねないが、このキーワードには本質がある。
展覧会図録から要点を抜き出せば、このキーワードの成り立ちはざっと以下の通りだ。まず15世紀末に、ギリシャ語起源のコスモグラフィアという言葉が生まれた。それは「天とのかかわりにおいて地球を見るもの」、垂直的眼差しとかかわるものであったが、地図と混同されてしまい、やがて歴史に埋もれてしまった。美術との接点を持つこともなかった。
一方、16世紀末のオランダではLandscharp(英語ではLandscape、風景)という言葉が誕生した。こちらはもともと風景画を指していた。直立した人間が水平的眼差しで描いた絵画がその典型であり、こうした絵画が定着した後に「風景」という概念が生まれたと、図録は説明している。つまり画家が生み出した眼差しが人々の空間の見方を規定した。
ともに空間とかかわる概念でありながら、すっかり忘れられてしまったコスモグラフィアと、いまも市民権を得ている「風景」の運命は対照的である。ところが人間のものの見方は不変ではなかった。ヘリコプターや航空機、天体望遠鏡、人工衛星など科学技術の進歩とともに視線が変わった。そして水平的な眼差しと垂直的な眼差しが交差しつつ、新たなコスモグラフィア=天地両映像が生まれてきたというのが山本論文の主旨である。

「ウェザーリポート」展では、そうした趣旨に沿って69点が並んでいる。核といえるのはやはりロバート・スミッソンの映像作品「スパイラル・ジェッティ」(1970年、34分58秒)だろう。湖に築いた巨大な突堤をヘリコプターから撮影した同作品には地表へのベクトルがあるが、「水面に太陽を写し込むことによって『宇宙画』としてのコスモグラフィアを約五世紀ぶりに成立させている」(同論文)。同学芸員によると、日高理恵子の絵画「樹を見上げて」なども天と地の双方向を志向する作品だ。
そして展覧会場の最後で天井近くから床面に投影された千葉麻十佳「Melting Stone」にも、「スパイラル・ジェッティ」と同様のコンセプトを見出すことができる。太陽光で岩石を溶かす過程を撮影した、この作品は地下のマグマを暗示するとともに光という形で太陽を写し込み、天と地双方向のベクトルを持たせているからだ。コンセプトなしでも見たものを共有できるのならそれでよいのだが、個々のコンセプトを思わず聞きたくなる展覧会である。
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