2018年02月25日

ハックルベリー・フィンとスター・ウォーズ

米国の小説家、ヘミングウェーは「すべての現代アメリカ文学はマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』に由来する」と言ったが、文学だけでなくアメリカ映画の根っこにもまたこの小説があるのではないか。そんなふうに思ったのは、映画「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」を見た時期と、たまたま何十年ぶりかに『ハックルベリー・フィンの冒険』(西田実訳)を読み直した時期が重なったからだ。

小説の後半で主人公の少年はこんなことを言う。「あのね、ぼくがやりたかったのは、その冒険的なことなんですよ。たとえ首根っこまで血の海につかってでも」。これこそがこの作品のテーマだろう。無邪気な少年ハックは養子として住み始めた屋敷を抜け出し、逃亡奴隷を連れて逃げる旅を続けるが、冒険だから事前に計画はない。そして移動の途中、さまざまな経験をしながら成長していく。

映画「スター・ウォーズ」シリーズも『ハックルベリー・フィン―』同様、冒険の物語だ。旧三部作のルーク・スカイウォーカーの物語も新三部作のアナキン・スカイウォーカーの物語も、そして続三部作のレイのそれも砂漠で始まるが、それぞれ砂漠を離れて移動を始める。自分が何者であるかを知らない彼らは、行く先々で直感的な選択を迫られる。ハックが大人を信用していないように、アナキンもルークもレイも大人や師匠の言うことを聞かない。そして自分の身は自分で守る。

マーク・トゥエインが無神論者である一方、スター・ウォーズ生みの親のジョージ・ルーカスは神を信じているらしく、両者には相容れないところもあるかもしれないが、作品にはアメリカらしさとでもいった共通項が感じられてしまう。「スター・ウォーズ」の続三部作には逃亡兵のサブキャラクターが登場するのも興味深い。その名もフィンである。
posted by Junichi Chiba at 22:22| アート