2017年12月30日

「未来を抱きしめる」の意味

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アートの話ばかりなのに、どうして「未来を抱きしめる」っていうタイトルなのですかと、ある人に聞かれた。このブログのタイトルについての質問だ。よくぞ聞いてくれましたという感じだが、実はこのタイトルは自分で考えたものではない。別の人が考えたものを拝借している。とはいえ「それ、いいね」と選び取ったところに、私の考えが投影されている。

ブログを書き始めた5年半前、まだ「第4次産業革命」という言葉は聞かれなかったが、自動運転、人工知能(AI)、バイオなどのテクノロジーの急速な進歩の兆しが見えていた。それに対して既存の価値観(文化)が追いつかず、AIやロボットが人々の仕事を奪うのではないかとか、クローン技術には倫理的な問題があるのではないかという懸念が示されていた(もっと前から言われてはいたが)。今でもそうしたテクノロジーと文化のギャップは開きっぱなしであり、AIが人の仕事を奪うなどというのは、もはや現実の問題である。

新しく生まれたテクノロジーを活用するには、文化とフィットさせる作業が必要だ。それがない段階では法律をつくれないし、感情的な共感がない状況ではせっかくの技術の利用も進まない。民主主義の社会であれば、テクノロジーと文化のすり合わせの議論が必要であり、その議論の土台としてリベラルアーツ的な知識が求められている。そして、すり合わせの思考に刺激を与えるのがアートである。

私が主にアートとして考えているのは、デコレーション(装飾)でもなく、投資対象になるブランド品でもなく、社会の設計に影響を与えるアイデアを視覚化したものだ。言ってみればアートは、なぜ働くのか、なぜ生きるのか、といった人間存在の根本を探求するような思考にかかわるものである。そしてアーティストは(結果を問われる政治家とは違って)結果にこだわらず、自由に将来の姿を描いたり問いかけたり、人々の想像を刺激したりできる強みを持っている。

世の中はエンジニアリングなど応用科学だけでは動かない。未来の社会は複数の要因が複雑な化学反応を起こすことによって生み出されていく。その一つ一つを直視するのは面倒くさいが、やる価値はある。そして面白い。「未来を抱きしめる」とは、未来を引き寄せる、未来のことを考えるという意味である。
posted by Junichi Chiba at 19:40| アート