2017年05月27日

チェルシーのヒエラルキー

今年2回目の3331 Art Fairが開かれていた先週末、たまたま橘画廊に来られた外国人からニューヨークのギャラリー事情について話を聞く機会があった。その方はかつて7年間、ニューヨークに住み、アーティストとして活動していたそうだ。米国といわず世界のアートの中心地であるチェルシー地区のギャラリーの中でも、厳然としたヒエラルキーがあるという話であった。

その方によると、チェルシーのギャラリーはA、B、Cと、階層が分かれていて(それ以下もあるかもしれないが)、Aクラスは別格である。Aクラスのギャラリーは年4、5本の展覧会を開き、ほとんどを有名作家にあてている。年1回くらいはフレッシュなアーティストを起用するが、フレッシュといっても、まったく実績のない作家を起用することはなく、最低でも10年の活動実績を求めている。

しかし10年以上活動していても、同じチェルシーのBクラス、Cクラスのギャラリーで過去に一度でも展覧会を開いたことがあるアーティストは選ばれないと、その方は言う。どういうことだろうか。大多数であるBクラス、Cクラスのギャラリーで展覧会を開かず10年の活動実績を積めと言われたら、活動の場は限られてしまうだろう。

仮に(ギャラリーではない)オルタナティブスペースで10年持ちこたえ、成果を上げたとして、Aクラスのギャラリーの目に留まる可能性はどのくらいあるのだろうか。その方はポートフォリオ(作品集)を送っても見てもらえることはないし、訪問しても無駄だと言う。あくまでもハイレベルなところの話とはいえ、あれもダメ、これもダメというのでは、あまりにも不自由である。本来、社会の束縛から離れたところで自由な思考を促すのがアートの役割だと思うが、アートの世界に自由がないのだとしたら皮肉なことだ。
タグ:ギャラリー
posted by Junichi Chiba at 19:05| アート