2016年04月11日

最初と最後のお客さん

橘画廊の加茂昂展「逆聖地」が終わった。これが大阪では最後の展覧会だ。最後のお客さんは大学の後輩の大西君だった。彼は5年前の最初の展覧会「嶋本昭三展」の最初のお客さんでもあった。まさか狙ったわけではなかろうが、その事実を彼に伝えると、「光栄です」と言って笑っていた。

彼は雑談の中で「無名の若手のアーティストの絵と素人の僕(大西君)の絵は、無名の人が描いた絵という点では同じではないか」と言った。それはその通りだ。元証券マンの彼は経済的側面に興味があるらしく、「(ブランドにたとえれば)シャネルやヴィトンと違って、知名度のないものを売るのは難しいのではないか」とも言った。

それもその通りである。60年代アメリカを代表するギャラリスト、レオ・カステリは数十年も前に、「買い物を目的として画廊に来る層はスターにしか関心を示さない。スター以外のアーティストは、その判断が正しいか否かは別として二流と見なされてしまう」と言っている。現代ではそれがもっと極端かもしれない。

しかし「スター」も初めから「スター」だったわけではないし、そもそもアートの価値は初めから作品に内在しているわけではない。アートの価値は他者の承認によって、社会的な関係の中で発生し、成長する。だからギャラリーは他者のリアルな承認を求めて、作品を直接見てもらう機会をつくっている(展覧会を開いている)。

「無名の人が描いた絵」の中でも社会性があって優れた作品を承認するのは、たいてい、わざわざ時間を割いてまで作品と向き合おうという動機の持ち主である。より多く、そうした人たちに見てもらうことで、作品の価値は見出されていくだろう。大阪での自社での展覧会はひとまず終わった。次は東京だ。
posted by Junichi Chiba at 13:22| アート