2015年09月12日

「感じる風景」作品解説

Akira Kamo 20150908.jpg
橘画廊のグループ展「感じる風景」(9月8〜26日)の初日、出展作家の4人が自作を解説した。最初は河合美和の「木と木の間」を描くという話。森の中で目についた木を描くというのならフツーだが、河合は木ではなく木と木の間を描いている(昨年のグループ展「Sunbeams」にも出品)。木と木の間にあるのは光。それを1カ所にとどまって凝視するのではなく、歩きながら感じとっているという説明の端々に制作へのこだわりがうかがえた。

加茂昂は今回出品した絵画6点のシリーズ名「ゾーン」の解説から始めた(上の画像)。加茂によると、登山家の間では標高8000メートルより高いところがゾーンと呼ばれている。事故を起こした原発の警戒区域などにも使われる言葉だが、要は人間の存在が危ぶまれる区域のことだ。自ら山登りをする加茂は「(山では)歩いているときにくらくらとして、すべり落ちていきそうに感じることがある」と話していた。作品の中には必ず人がいて、危険と隣り合わせの状況と、それがもたらす緊張感も表わされている。

Masako Nakahira 20150908.JPG
非日常を描く加茂に対し、中比良真子は日常の光景を題材にしていると語った(2枚目の画像)。ただし水面に映る景色をクリアに描き、背景の住宅街などさほど気にとめなかった眺めをグレートーンで描いている。彼女の解説の中では「グレートーンで描いているのが自分のいるところ」という言葉が印象に残った。鮮やかな風景とそうではない風景がはっきりと別れていて、鮮やかな風景の外側に身を置いているという感覚があるらしい。

田中加織の場合は、月、山、水の流れなどを様式化しており、その色と形がポップな印象を与える。青富士、白富士、赤(ピンク)富士と、富士山の連作もあるが、「それらは実在の富士山ではなく、(日本人に)刷り込まれている富士山のイメージでしかない」。本人は富士山を生でじっくり見たことがなく、新幹線の窓から2回見たことがあるだけだそうだ。社会に広まった意識を利用して風景をつくっているともいえる。

4人の話を通して面白いと思ったのは、それぞれ特定の場所を題材にしていないということだった。非日常を思う加茂にしても、日常に視線を向ける中比良にしても、「どこ」と特定できる場所を描いてはいない。田中の「月山水」などは神話の世界であり、はなから現実の場所とは無縁である。加茂は「山を描くと、どこの山ですかと聞かれるので、情報を消すために(山の斜面や空を)抽象化した」と明かしていた。河合の関心も「ゆらぎ感」にあり、「描くのは森でなくてもよい」とさえ言う。

9月22日に橘画廊で2回目のトークイベントが開かれる(要予約)。今度は河合、中比良、田中の3人による座談会形式(加茂は欠席)。「感じる風景」をテーマに、地理とは切り離された風景についてのトークを予定している。
posted by Junichi Chiba at 19:15| アート