2015年04月12日

「ぼんやりが足りない」

Atsuko Nakai exhibition 2015.jpg
若手油彩画家の中井敦子が橘画廊で3回目の個展を開いている(4月1〜18日)。今回の作品の多くは肖像画でありながら主役の人物を力強く描かなかったのが特徴だ。人物を含む画面全体がぼんやりしているし、人物の印象は内向的である。主役がいないのではなく、主役はいるのに、それが積極的な意味で弱いのだ。

たとえば、桂川のほとりで全裸の女性(画家本人)が髪を編む場面を描いた「夜の波打ち際」(2015年)。青と緑の同系色でまとめているうえ、全体に靄(もや)がかかったように明度の対比が弱く、穏やかである。「青い音楽家」(2015年)、「The Swan」(同)なども同様だ。

そして「夜の波打ち際」「雷の遣い」(2015年)などの人物の髪を結うポーズ。両手を合わせて髪を触る仕草が引っ込み思案な性格を思わせる。構図の面でも人物をショーアップするのではなく、抑え気味にしているわけだ。中井は「まだ、ぼんやりが足りない」と話していたから、相当なこだわりがあったのだろう。

では、なぜぼんやりさせたかったのか。本人に聞いても「ぼんやりさせたかったから」と答えるだけで、意味をつかむことはできなかった。いつも何かに抵抗するダダイズムのように、あまのじゃく的なものを感じないでもないが、ほかの人がしなかったことをするという点で「モダンな」制作態度であると言えそうだ。

ぼんやりした自画像であっても、中井の顔を知っている方は作品をご覧になって「ぽい、ぽい。本人っぽい」と話していた。「青い音楽家」を指して「こういう顔するよね」とも。控えめにしてなお消すことのできない存在感。それが個展のタイトルでもある「面影」ということなのかもしれない。
posted by Junichi Chiba at 17:09| アート