2022年05月22日

バルコニーで気分転換

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橘画廊が9年ぶりに出展した神戸アートマルシェ(5月13〜15日、神戸メリケンパークオリエンタルホテル)は予想以上に盛況だった。コロナ禍だし、天気予報は雨だし、お客さんは少なそうだなと思っていたが、そうでもなく、初日から普通に作品が売れた。2020年の春からアートフェアの類は中止に次ぐ中止だったから、こうしたイベントを待ち望んでいた人も多かったのではないだろうか。

懐かしい人に会って、あるいは初めての人に会って雑談するのもよいものだ。何か目的があって会話をするわけではないが、雑談を通して、世の中で何が起こっているのか知ることができる。3Dプリンターで彫刻をつくる人がいるのは知っていたが、3Dプリンターでケーキをつくる工場があるなんて初めて知った。どんなにメディアが発達しても、やはり人間が一番のメディアであるのだと実感する。

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しかし、人が集まるところに出かける機会がめっきり減っていたせいか、大勢の人と会って次々に話をすると、以前よりも疲れを感じることがあった。そんなとき神戸アートマルシェのよいところは、客室のバルコニーに出て外の景色を見られることだ。展示していた客室のバルコニーにはテーブルが1つと椅子が2つ。2日目の土曜日には雨が上がったので、ときどきバルコニーに出て六甲山を眺めると、疲れが癒された。

六甲全山縦走というのがあって、昔、須磨浦公園から宝塚まで50数キロ歩いたな、などと、懐かしい気持ちもわいてくる。版画家の浅野綾花には「千葉さん、哀愁が漂っていますね」などと言われたが、長時間、仕事を続けると能率が下がるだろうから、たまに外に出て風を感じるのもよいのではないか。刺激を受ける→疲れる→癒される、その繰り返しの中から考える意欲が生まれてくる。

Art Scenesの「特設フェアページ」では5月31日まで作品の販売が続いています。
posted by Junichi Chiba at 20:11| アート

2022年05月05日

9年ぶりの神戸アートマルシェ

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5月13〜15日、神戸メリケンパークオリエンタルホテルで開かれるホテル型アートフェア「神戸アートマルシェ2022」に参加する(橘画廊の部屋は1346号)。アートフェアへの出展はこれで30回目(国内17回、海外13回)、神戸アートマルシェへの出展は2013年以来9年ぶり2回目である。コロナ禍が続いたため、ホテル型フェアへの出展自体久しぶりだが、それが超久しぶりの神戸になったのは感慨深い。

9年前に何を展示したか、はっきりと思い出すことができる。いま振り返れば、よくあれだけいろいろなもの(バラエティーに富んだ作品)を展示したなと思う。金属の彫刻、鏡の作品、シルクオーガンジーの染色作品、油彩画に水彩画……。ギャラリーの設立から2年ほどたったばかりで気負いがあり、平面と立体を組み合わせることを意識しながら、明らかに欲張った展示になっていた。

いまの私が当時の私に声をかけるなら「気持ちはわかるよ、だけど……」と言いたいところだが、そのころは、幅広い作品を手掛けてみたいという考えが強かった。自分自身、何が得意で何が苦手なのかもわかっていなかったし、経験不足ゆえ、一度にできるだけ多くのものを見せようとしてしまっていたのである。

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今回の神戸アートマルシェでは、福元章子(日本画)と浅野綾花(版画)の作品を展示する。この2人との出展歴はけっこう長い。福元とは2013年のART OSAKAに初めて一緒に参加した。浅野とは、2013年2月の橘画廊での個展の後、2015年に香港のアートフェアに出展した。お客さんに見てほしいのは、アーティストの才能、すなわち活動を続けるためのエネルギーの総量である。アートフェアでの展示のバラエティーなどより、そちらの方がよほど重要であると、いまならわかる。

画像はいずれも神戸アートマルシェ2013での橘画廊展示風景。
posted by Junichi Chiba at 16:43| アート

2022年04月19日

午前4時、東京で会いますか?

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図書館で本を借りたら、貸出票が挟まっていた。「1日でも返却が遅れると貸出しできなくなります」と、大きな字で書かれているが、発行日すなわち貸出日は2012年5月23日である。10年前にだれかがこの本を借りたときに貸出票を挟んだままにして、その後10年間、だれもこの本を借りなかったということだろうか。

その貸出票は、シャンサ、リシャール・コラス著、大野朗子訳『午前4時、東京で会いますか?』(2007年)の80ページと81ページに挟まっていた。本というのは北京生まれの作家、シャンサとシャネル日本法人の社長なども務めたフランス人の作家、コラスの往復書簡集である。80ページにはこう書かれていた。

「男も女も、革命と社会主義の建設という、精神的な労働に励んでいる反物質主義の世界から、私は贅沢と快楽が勝利するパリに来たのです。ヴァンドーム広場の店には宝石があふれ、モンテーニュ通りのブティックでは、ドレスや毛皮をまとい、首に真珠のネックレスを巻き、ワニ革のバッグを持ったマネキンが、通りかかる人を誘います。街で見かける香水、化粧品、衣服、下着の広告用ポスターには、豊かな胸の脚の長い女性や上半身裸の男性がポーズを取り、キスを交わし、抱擁しています。」

天安門事件後の1990年、17歳で中国からフランスに渡ったシャンサがパリでカルチャーショックを受けたときの心情をつづった部分だ。資本主義だろうと社会主義だろうと、日常生活には嫌なことがたくさんあるはずだが、資本主義国の人間は快楽を求めて気を紛らわせようとしたのに対し、社会主義国の人間は「革命と社会主義の建設」という精神的な労働に励んで嫌なことを忘れようとしていた、ということなのだろう。シャンサは感情を押し殺すことで価値観の逆転を受け入れたと、振り返っている。

最初からこの本を読んでいくと、贅沢と快楽が勝利するパリの風景のほかに、もう一つ、シャンサがカルチャーショックを受けた対象があった。それが現代美術である。「友人の収集家やアーティストたちが、画廊やアート・フェア、ビエンナーレなどに連れて行ってくれました。まるでゴミ箱のような作品、鉄くずの山、切り刻まれたホルマリン漬けの動物を前にしたとき、私はよくバルテュスを思い出しました。(中略)バルテュスの世界から追放された『醜悪なもの』を見るうちに、私の目は現代に向けて開かれていきました」

中国からフランスに来たばかりのシャンサの目に、「鉄くずの山、切り刻まれたホルマリン漬けの動物」は醜いものとして映ったようだ。そのことは彼女が画家バルテュスに2年間師事したこととも無関係ではない。しっかりした構成で少女像を描いたバルテュスは「現代風に鮮明な色を塗り、ぐにゃぐにゃした線やだらけた形を描き、意図も構成の努力のかけらもない無責任な作品」を嫌っていたからだ。

こうしたエピソードに出合うと、美術の見方は国の体制によって左右されたり、周囲の人間の影響を受けたりすると思わざるを得ない。そして村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる主人公の叔父の言葉を思い出すのである。「俺はね、この自分のふたつの目で納得するまで見たことしか信用しない。理屈や能書きや計算は、或いは何とか主義やなんとか理論なんてものは、だいたいにおいて自分の目でものを見ることができない人間のためのものだよ。そして世の中の大抵の人間は、自分の目でものを見ることができない」

シャンサは現代美術を醜いと言いながらも「現代美術の世界に惹かれていった」とも書いている。だとすると、若いうちに「人間は自分の目でものを見ることができない」と知り、大きな不安を抱えてしまったのではないだろうか。彼女はその不安を解消できたのかどうか。午前4時近く、読み終えてそんなことを考えた。
posted by Junichi Chiba at 23:13| アート

2022年03月27日

イデオロギーのない時代

前回、アメリカの国務省は抽象表現主義の画家をソ連の社会主義リアリズムに対抗する「冷戦の武器」として利用したと書いた。それは1950年代のことである。アメリカ政府が抽象表現主義に続くポップアートをどの程度利用したのかは不明だが、利用していたとしても主に60年代までだろう(アンディ・ウォーホルが毛沢東のポートレイトを制作したのは72年だった)。70年代に入ると、社会主義リアリズムを揶揄するソ連版ポップアートの運動がソ連国内で起こり、西側が芸術で東側に対抗する意義は薄れていった。

そして91年のソ連崩壊とともに冷戦が終わり、共産主義と資本主義、社会主義と自由主義といったイデオロギーの対立の枠組みそのものが消え去った。イデオロギーが消えた後に残ったのは商業主義だ。冷戦時代、イデオロギーによって社会が成り立つという前提の下では、政治が経済に優先され、商業主義は陰に隠れていたが、イデオロギーが消えたことで商業主義があらわになったわけだ。

その商業主義とアートの融合を先取りしていたのがウォーホルである。60〜70年代には、芸術とビジネス、美術品と商品の間には微妙な一線があるという考え方が支配的だったはずだが、ウォーホルはコマーシャルやテレビ、名声など、彼以前のアーティストが有害だと考えていたものまで受け入れてしまった。ハイカルチャーとローカルチャーの境目さえ消えたのが、ウォーホルが先取りした未来、すなわち現在の状況である。

問題は「新冷戦」の時代にはイデオロギーがないということだ(イデオロギーがなく領土の拡張だけが目的であれば、それは冷戦ではなく、ただの戦争ではないかという指摘もあるかもしれない)。社会主義リアリズムのような仮想敵がなければ、抽象表現主義の絵画を「むき出しの自発性が表れた作品」といって外向けに売り出すのは難しい。かろうじて残っているのは権威主義と民主主義という対立の枠組みなのだろうが。
posted by Junichi Chiba at 20:02| アート