2022年01月04日

PCのデータ救助

クリスマスに、自宅で使っているノートパソコン(PC)が故障した。電源を入れた後、メーカーのロゴが画面に出たままWindowsが起動しない。しばらくすると「自動修復でPCを修復できませんでした」と表示され、その後、何をやってもWindowsを起動させることができない。数週間前に同様の症状が出たときは「 復元ポイント」を利用したシステムの復元ができたが、それもできず、セーフモードでの起動もできずで、お手上げだった。

三日三晩たっても回復の兆しが現れないため、秋葉原の専門業者にPCを持ち込んだ。有料で検査してもらったところ、ハードディスクドライブ(HDD)の円盤表面の磁気が弱まっているのではないか、とのことだった。実は、専門業者にPCを持ち込む前に、東芝ファイルレスキューという復元ソフトを使って、HDDからデータを救助しUSBメモリにバックアップデータを保存したつもりでいたが、業者のPCにUSBメモリを挿しても、救出したはずのファイルの目次が表れず、「たぶん救出できていない」と言われてしまった。

経年劣化なのか何なのか原因はわからないが、ハードウエアが故障している以上、PC自体はあきらめるしかない。あとは業者に依頼して、HDDからデータを救出できればラッキーといったところだ。PC以外の記憶装置にデータのバックアップをとっておくか、クラウドにデータを上げておけばよかったのだが、ある時期以降、それを怠っていた自分が悪いのだ。

業者に行った帰りはかなり落ち込んだ。しかし、ほとんどあきらめてはいたものの、ファイルレスキューで救助したデータを新しいPCで読み込むことができるかもしれないという楽観的な予測というか期待がわずかに残っていた。そうした期待もあって、すぐに家電量販店に寄り、新しいノートPCを購入した。

結論を言えば、その日の夕方、新しいPCにUSBメモリを挿し、100%ではないにせよデータを復元することができた。ファイルレスキューというソフトはデータを元の形で記録するのではなく、ファイルレスキューの形式で記録するため、形式を復元する必要があるらしいのだが、それができたのだ。自分にとっては奇跡的な出来事に、うれしいというより驚いた。

新しいPCでデータの復元に成功した後、試しに古いPCの電源を入れてみると、メーカーのロゴが画面に出たまま止まってしまった。ファイルレスキューでデータを救助したときがまさにご臨終だったのだ。新旧のPCを見比べると、新しいPCのかたわらでエンディングを迎えた古いPCの画面が一瞬、ほほ笑んだように見えた。映画「スター・ウォーズ」で、(神秘的なエネルギーを持つ)ジェダイのオビ=ワン・ケノービがダース・ベイダーに殺される直前に笑顔を見せたシーンが頭に浮かんだ。
posted by Junichi Chiba at 14:46| 日記

2021年12月31日

「行路難」のその後

中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の郭平輪番会長が2019年の年頭所感で李白の詩を引用したことを2年前のブログでネタにした(2019年12月15日、「ファーウェイと李白」)。ハイテク企業のトップである同会長が李白の「行路難」の一部を用いて、「風に乗り波をかき分けられるようになる時が必ずやってくる」と、従業員の士気を鼓舞しているのが興味深い、といったことを書いた。

その後、ファーウェイはどうなったのか。米国の制裁強化によってスマホ用の高性能な半導体を調達できず、スマホの売り上げが落ち込んでいるのは明らかだが、2021年7〜9月期の純利益は151億元(約2680億円)で、前年同期比26.5%の大幅増である。その郭平会長は10月29日の決算発表資料で「業績は予測通り。これまで通りイノベーションに取り組み、研究開発と人材獲得における投資を拡大する」と説明している。

米国が圧力をかければかけるほど強くなっているのはファーウェイだけではない。今年5月のNikkei Asiaの記事によると、中国ではすでに、最先端である128層のNANDフラッシュメモリーチップを大量生産しているし、半導体の各製造工程で欧米トップ企業に対応する企業を育成している。米国の制裁は中国を停滞させるどころか、むしろ中国の技術革新を加速させているわけだ。

2年前に書いた通り、李白や杜甫の詩、『論語』『史記』などは中国の文化力のかたまりであり、それらは仲間を統合するためのソフトウエアである。米国や日本など「古典を持たない国」の人たち古典を「ここではないどこかの物語」と思いがちだが、「古典を持つ国」の経営者たちは古典を「いま、ここで取り組むことの手本」として読んでいるのだろう。どんなときでも参照すべきモデルを持つ強みを米国は想定していなかったのではないか。
posted by Junichi Chiba at 13:22| 日記

2021年11月29日

小説の小さな断片

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日曜日の午後8時、(チェーン店の)カフェで独り本を読んでいるとき、BGMに「グリーンスリーブス」が流れてきて、物淋しい気分にとらわれた。読んでいたのが村上春樹の『海辺のカフカ』で、しかもそれが再読だったから、回顧に拍車がかかって感傷的になってしまった。

この1年余り、村上春樹の小説をよく読んだ。『1Q84』『アフターダーク』『海辺のカフカ』『風の歌を聴け』……。ほとんど再読である。本格的に再読を始めたのは昨年10月、内田涼の絵の前で、版画家の浅野綾花と村上春樹の話をしたころだ。浅野が「最近、『1Q84』を読んだ」と言ったこと、内田の作品の中の「影」が『1Q84』に出てくる「影」とつながったことが、きっかけといえばきっかけである。

再読を進めて気がついたのは、小説の中で錯綜する「中くらいの筋」はけっこう忘れているのに、セリフなど細部は意外に覚えているということだった。たとえば『海辺のカフカ』に登場するトラック運転手の青年、星野のセリフ。

「役に立っているというのはなかなか悪くない気分だ。そんな気持ちになれたのはほとんど生まれて初めてのことだ。仕事をすっぽかして、こんなところまで来ちまって、次から次へわけのわからないことに巻き込まれているけど、俺はこうなったことをべつに後悔しちゃいない」

こういうセリフに出会うと、過去(初めて読んだとき)と現在が突然接続するような感覚に襲われる。

その星野青年と共に「入り口の石」を探すナカタと猫のカワムラの会話も味わい深い。

「クァムラ、さばなら、縛る。縛るなら、探す」

前後がなくても、このセリだけ見れば『海辺のカフカ』だとわかるし、記憶再生のスイッチが入る。

「すみません。先ほども申しましたように、ナカタはずいぶん頭が悪いので、カワムラさんのおっしゃっておられることがよくわかりません。もう一度繰り返していただけますか?」
「クァムラ、さばなら、かさる。探るなら、縛る」

何の意味もないセリフだが、その出方に意外感があって感動的だ。小さな断片の力恐るべし。
タグ:村上春樹
posted by Junichi Chiba at 21:15| 日記

2021年10月25日

GTT

DVDで映画「スター・ウォーズ 新たなる希望」(1977年)のラストシーンを見ていたら、あることに気がついた。反乱軍が帝国軍の宇宙要塞デス・スターを破壊した後の式典で、レイア姫はまずハン・ソロ、次にルーク・スカイウォーカーの順にメダルを授与しているのだ。デス・スターにミサイルを命中させたルークではなく、いったん反乱軍を見捨てながらも戻ってきてルークを支援したソロを優先しているのは、レイアがソロを好きだったからというよりも、やはりアメリカ人がソロのような人物を好きだったからではないだろうか。

ハリソン・フォードが演じたハン・ソロは無頼漢のパイロット(密輸業者)で、借金取りから逃げ回りながら一攫千金を狙っている。19世紀前半のアメリカでは、多額の借金を抱えていてもメキシコ領のテキサスに逃げ込めば自由になれる、といった意味でGone to Texas (GTT)という表現が使われたそうだが、ソロの行動はまさにGTTだ。アメリカ人は、GTTを実践し、自由を手に入れた末、仲間に恩返しをするハン・ソロに喝采を送りたい気分があったのだろう。

ソロの参戦は、第二次世界大戦に後から参戦し、ヨーロッパを救済したアメリカの行動とも重なっている。ヨーロッパのような文化の蓄積がなく、西洋文明の辺境の国として引け目を感じていたアメリカは、ヨーロッパを助けることで予想外に自信をつけてしまった。レイア姫からメダルをかけてもらい有頂天になったソロの姿は、第二次大戦の勝利で自信を持ったアメリカの姿であり、1950年代のアメリカの気分の反映として見ることができそうだ。

もっとも、アメリカの自信は過剰だったのかもしれない。冷戦時代のアメリカは芸術面でもソ連との戦いに勝利しようと、アートなどの芸術文化を外交に利用し始めた。特にマーク・ロスコやジャクソン・ポロックなどの抽象絵画は、ソ連の社会主義リアリズムの対極にあるため、表現の自由を示すプロパガンダには格好の材料であった。もともと抽象絵画の画家たちは政治から距離を置き、ソロと同様、もっぱら自分のことに関心を持っていたはずだが、自由な気風が強いからこそ政治に利用されてしまったのは皮肉なことである。

「スター・ウォーズ」に関して言えば、ハン・ソロはメダルなどもらわず、チューバッカとともにミレニアム・ファルコンで飛び去ってしまえばよかったのではないか。レイア姫がいたから、それができなかったのかもしれないが。
posted by Junichi Chiba at 18:59| アート