2023年05月18日

鳥は超越的な存在

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神戸アートマルシェ2023(5月12〜14日)に出展していた福元章子の絵画「囀(さえず)り」(上の画像、2023年、岩絵具、膠、カンバス、80.3×100センチ)をご覧になった方が「ちょうそうですか」と、おっしゃった。「ちょうそう」とは「鳥葬」ではなく「鳥装」であった。このことで福元の話を聞いたことはなかったので、残念ながらお答えできなかったが、言われてみれば、人が鳥のような装束を身につけているように見えなくもない。

舞台が弥生時代であれば、巫女が鳥装をすることでトランス状態に入り、神託を告げようとしているところだと解釈できそうだが、あえて作家の意図は確認しなかった。ただ、鳥装であってもなくても、人はだれしも鳥の姿(あるいは鳥に似た姿)を見ると、そこに超越的なものを感じるのではないだろうか。福元の場合、キジバトの影響があったらしく、「ででっぽっぽーという鳴き声は、おまじないみたい」とは言っていた。

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そんなことをきっかけに鳥とイメージの関係を考えていたら、思考が脱線し、日本画の岩絵具には鳥に由来する色の名前が多いことに気がついた。鴇(とき)色や鳶(とび)色、鶯(うぐいす)色に鶸(ひわ)色――。鴨の羽色、烏羽色、鳩羽色など、ごていねいに鳥の羽由来であることを明示している色名もある。翡翠と書いて「かわせみ」と読む、というのは福元から教わった。日本の伝統色の一つである翡翠色はもともと鳥の羽の色だったのだ。

ヨーロッパでも鳥に由来する色名はあるはずだが、岩絵具ほど細かく名づけられてはいないだろう。むしろヨーロッパの芸術で思い浮かべる鳥要素といえば、音楽に取り入れられた鳥の囀りである。その代表はフランスの作曲家メシアンのピアノ曲「鳥のカタログ」だ。鳥を特別な存在としてみる感性は世界共通にありながら、ヨーロッパでは音の表現が、日本では色の表現が発達したということかもしれない。
posted by Junichi Chiba at 21:00| アート

2023年05月09日

カラスは神の遣い

伊東敏光「ダイダラウルトラボウ」
瀬戸内国際芸術祭2022で、彫刻家の伊東敏光と広島市立大学芸術学部有志が作った「ダイダラウルトラボウ」(画像、小豆島)は高さが9.5メートル、長さが17メートルもある巨大な作品だ。コンセプトは、日本の山河を造ってきた巨人の休息。H形鋼と異形丸棒を骨組みに使い、頭や胴体には古材と小豆島で集めた流木、足など地面に近い部分には石を使っている。その古材とは、廃船となった全長13メートルの和船であった。

さらに詳しく言えば、その和船は、厳島神社最大の神事、宮島の管絃祭で御神体の乗る御座船を曳航する伝馬船である。何しろ「ダイダラウルトラボウ」は高さが9.5メートルもあるため、船体のほとんどが使われたが、実は一部が残っていた。その一部で作ったのが、鳥をかたどった「鳥頭の大鳥居」(2023年、古材、36×52×11センチ)という彫刻作品だ。鳥の姿はかなり簡略されているが、カラスが意識されている。

宮島には「神烏(おおがらす)伝説」がある。山頂から飛び降りてきたカラスの導きによって、現在の場所に厳島神社を建てることが決まったという伝説だ。カラスに導かれた佐伯鞍職という人物は事前に夢の中で「厳島大神」からこのお告げを聞いていたという。伊東敏光も半年間に及ぶ「ダイダラウルトラボウ」の制作期間中、なぜか厳島神社とカラスのことが頭から離れなかったそうだ。

日本サッカー協会のシンボルマークもヤタガラスであるが、やはりカラスには神の遣いとして強い支配力があるのかもしれない。この「鳥頭の大鳥居」も神戸アートマルシェに出品予定である。ちなみに日本サッカー協会のヤタガラスや熊野本宮大社のヤタガラスは三本足だが、伊東はカラスの足を表さなかった(日本の神話の中のカラスに関して、足が何本であるかという記述はないらしい)。
posted by Junichi Chiba at 21:06| アート

2023年05月08日

想像の中の風景

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江戸堀コダマビル(大阪市)に児玉画廊があったときだから四半世紀以上前のことだが、そこで開かれた展覧会に出品していたPHスタジオ代表の池田修さんとお話する機会があった。雑談の中で池田さんは、ダムの建設に伴い伐採される木を使って巨大な船を作り、ダムの水位上昇とともに山の上に移動させるという構想を語っていた。そのときは面白そうだなと思っただけで、長いこと忘れていたが、10年後、それが実現したと知って驚いた。

そのダムとは、広島県北東部の三次市にある灰塚ダムである。昨年6月、BankART Station(横浜市)で、「池田修を偲ぶ6日間」というイベントが開かれたとき、プロジェクトのことを思い出した。といっても、申し訳ないことに実物はおろか映像すら見ていないので、プロジェクトそのものよりも、10年以上かけて構想を実現する池田さんの行動力に改めて感心した。やはりアートにかかわる人はそれくらいの情熱がないといけないのだろう。

そんなことを考えていたら、彫刻家の伊東敏光から、その灰塚ダムにつながる作品をつくっていると聞いた。池田さんのプロジェクトとは直接関係ないようだが、ダム建設によって水没した棗原(なつめばら)集落で使われていた古い家具や漆器などが材料だという。伊東はそれら材料を古道具屋から入手していた。今回、神戸アートマルシェ2023に出品するその作品は「えみきねこ」(2023年、古材、48×50×21センチ)である。

作品名は、棗原集落にあった樹齢500年ともいわれるムクノキの愛称「えみき爺さん」に由来している。「えみき爺さん」は集落一の大木だった。伊東によると、「えみきねこ」は棗原集落に棲んでいた若いネコで、「えみき爺さん」とともに親しまれる存在だったが、住民の集団移転先である「のぞみが丘」に移ることなく姿を消した、という設定だ。水没前には、地元の結婚式などにも現れて、かわいがられていたらしい。

伊東は「人は古い生活道具などに接すると、そこに人格と同じようなものを見出すことがある」と指摘している。「その人格を感じるままに育てることで、物語を紡ぎ出した」ということなのだが、私には、一度も見たことがない集落の風景が浮かんで見えた。人間には、目の前に見える風景だけでなく想像によって見える風景もある。ネコや古い生活用具は目の前の風景と想像の風景を行き交い、2つの世界をつなぐ存在だ。
posted by Junichi Chiba at 19:55| アート

2023年05月01日

今年も神戸アートマルシェに

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今年も神戸で開かれるホテル型アートフェア、神戸アートマルシェに出展する(5月12〜14日)。会場は例年通り神戸メリケンパークオリエンタルホテル。神戸港の中突堤に位置するため、ちょっとした非日常感を味わうことができる。今年の橘画廊の部屋はハーバーランド側の1326号。昨年はメリケンパーク側だったので六甲山が見えたが、今年はバルコニーから海が見える。

「港は偽装することができない」と言ったのは、インド出身の英国の作家、サルマン・ラシュディだ。街を一つの文化で塗りつぶそうとしても、港で人、モノ、情報が行き交えば、そうしたことはできない、といった意味だ。実際に港にそこまでの力があるかどうかはわからないが、たしかに港には、人をのびのびとさせる開放感のようなものがある。特に、開港当初から日本人と外国人の雑居地があった神戸の場合、外からくる文化を受け入れる下地があるような気がして、自由な空気を感じてしまう。

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ホテルの目の前には、神戸港のシンボルといわれる神戸ポートタワーがある。昨年訪れたとき、残念ながら改修工事のため休館中だったが、夜に工事用の幕を利用したプロジェクションマッピングを見ることができた。いまもこの状況は続いていて、4月28日から「Memory」と題する新作を投映しているそうだ。

今年の橘画廊の出展作家は伊東敏光(彫刻)、福元章子(日本画)、浅野綾花(版画)である。福元と浅野は昨年に続いての神戸登場。伊東は瀬戸内国際芸術祭などで主に大型の作品を作っていたが、アートフェア参加は4年ぶりだ。考えてみれば、ART OSAKA 2013を皮切りにアートフェアへの出展を始めてちょうど10年がたつ。伊東と福元はそのART OSAKA 2013の出展作家でもある。

上の画像はハーバーランドの夜景、下の画像は神戸ポートタワーのプロジェクションマッピング(いずれも2022年5月撮影)。
posted by Junichi Chiba at 16:56| アート